日曜の夕方、小学校4年になる次男から電話あり。
自転車が無くなったとのこと。
児童公園に自転車をとめて、友達数人と遊んでいて、しばらくして戻ってみると、自分の自転車だけ無くなっていたという。
子供用の自転車だし、何年も乗っていて、相当なポンコツだから、動産としての価値はないに等しい。誰かがいたずら半分に乗っていったのだろうと見当をつけて、子供が待つ公園へとむかった。
すっかり暗くなった界隈を、友達も一緒に探してくれたみたいだが、結局みつからなかったようで、しょげかえる息子を連れて、近くの交番へ。
対応してくれたのは、若いお巡りさん。
なんとなく表情のみえない、冷たい感じのする彼が、にこりともせずに言う。
「どうします? 被害届け出します?」
「お願いします。」
「届けはどちらが、出します? お父さん?それとも息子さん? 拇印をもらわなければならないので」
「はあ、それでは、私が」
「防犯登録してますか?」
お巡りさんがそう問いかけたとき、ふいに息子が「防犯登録って何?」と耳打ちしてきた。簡単に説明すると、息子は、
「ふーん。サンタさんそんなことするかな? サンタさんって、日本語わからないんじゃないかな」と呟いた。
私は、思わず息子の顔を二度見した。
まさか、小4になる息子が、サンタクロースの存在を信じているとは…。
そういえば、一時期、私は、“どこまでもリアルなサンタクロースのプレゼントの置き方”を、家人に白い眼でみられるほど追求していたことがあったのだ。きっとそのせいに違いない。
「防犯登録はしているのですか?」という、再度の問いかけに我に返り、「はい」と答えると、すかさず息子が、「あれ、ひょっとしてパパが買ったの?」と耳打ちしてきた。
「ああ、そうだよ。パパが買ったんだ。サンタはいない」
そういってもよかったのだが、それが、いま、この交番のなかで、ロボコップのように無愛想なお巡りさんの目の前で、灰色のパイプ椅子に座りながらでなくてもいいのかなと、ぼんやり考えていた。
しかし、あくまで事務的な態度をくずさない、冷徹マシーン、ロボコップは、逡巡している間を与えてはくれなかった。彼が放った一言が、私をさらなる窮地へと追い込む。
「被害額はいくらですか?」
「被害額…?」
「購入されたものですよね。幾らくらいになるか、教えて下さい。記入しますから」
「…」
万事察しのよい息子が、またもはっとして、私の顔をみあげた。
口元を射す息子の視線。
「だいたいで、かまいませんから」
しびれを切らすロボコップ。
結局、私は思いっきりの真顔でこういうしかなかった。
「一万円くらいでしょうか? よくわからないな。何しろサンタクロースにもらったものなんで…」
そういい切ると、ロボコップが、はじめて書類から眼をあげた。そして表情を和らげて微笑んだ。
「ああ、そうでしたか。そうでしょうね」
そういって、もう一度書類に向かった彼は、「もらい物なので、はっきりわからないけど」と呟きながら、『一万円くらい』と記入していた。
すっかり暗くなった家路を辿るなか、息子は少しほっとした様子だった。
少なくとも、家に帰ったとたん、小6になる長男が放った「ばっかじゃないの。サンタがキディランドの包み紙でプレゼント配るか?」という衝撃の一言を聞くまでは…
その夜、息子の級友から、神社の前で、自転車を見つけたという電話がはいった。