2012年9月10日月曜日

巨岩と花びら



芸術家が、作品をつくりだすとき、彼は主観のかたまりになり、その主観的思想を、天賦の才をもって、一気呵成に楽譜やキャンバスに投げつけるのだと思っている。
その瞬間は、構成や技巧といった、理性が担当するものから解き放たれるのだろう。
優れた芸術家というのは、たいてい、主観のほうにウエイトがあり過ぎるために、事象を客観しにくいのではないかと、凡人の私は想像する。 
情熱と理性がバランスがとれている頭からは、桁外れの傑作というものはできないのかもしれない。

しかし、こと随筆のような論理性も要する文章となると、書き手の「客観」を抜きにはうまくいかない。
だから、天才といわれる芸術家本人の書いた文章は、難解だったり、退屈に感じるものが多いようだ。
そして、何にでも例外はある。




とてもよい本を読んだ。
巡りあったことに感謝する一冊だ。
「舟越保武全随筆集 巨岩と花びら ほか」。
戦後日本を代表する彫刻家 舟越保武さんの名随筆集。

舟越さんは、折々、自分の外に、批評家のようなもうひとりの自分があって、事象を客観する。石を削る瞬間の自分の心象をも客観できる。
ひょっとしたら、彫刻というものが、そうしないとできないものなのかもしれないが、実際のところ私にはわからない。

この本のなかで、私たちは、優しく静かで、強くて弱い、才能ある芸術家が、穏やかな日々のなか、あるいは波乱のなか、何をどうみて何を感じたかを聞くことができる。
凡人の極みである私は、感嘆し、勇気づけられ、ハッパをかけられ、そしてほっと温かな気持ちになる。
何しろ、舟越さんをきっと好きになる。私はなりました。

希有な芸術家の意識と心に触れられる一冊。文も美しい。お勧めです。

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