![]() |
| 男も惚れる破天荒な天才グールド |
大好きな音楽家に、グレン・グールドがいる。言わずと知れた、天才ピアニストだ。
彼の奏でる音には、世俗を一切排した純粋さがあり、深く、それでいて、情熱的であり、僕たちの精神を、あらゆる束縛から解放してくれる。
天上の音楽だと思う。
彼は、父親が作った、極端に足の短い折りたたみ椅子を、生涯持ち歩き、演奏に使っていた。映像でみたグールドは、小さな椅子に長身の身体を折り曲げ、ピアノにぶら下がるような奇妙な姿勢で、鍵盤に鼻先をつけ、身体をゆさぶり、ハミングしながら、震えるほど美しいバッハを弾いていた。演奏家ではないが、同じような創作風景をみたことがある。
棟方志功だ。
牛乳瓶の底のような眼鏡をかけ、彫刻刀を握りしめた彼が、版木に鼻先をつけて、鼻歌を歌いながら、蝦蟇のように這いつくばって彫りすすむ姿は、鬼気迫るものだった。
ところが、ともすると滑稽にさえみえる彼らの姿が、不思議なことに、僕には、いささかも醜くいものにみえなかった。いままさに、その手先から、息をのむような芸術が生み出されようとしているからだろうか。
![]() |
| 富成清女さん |
邦楽演奏会の撮影に行った。
富成清女さんの文化芸術祭参加公演。
ここ数年、秋のリサイタルと、春のお弟子さん達の発表会の写真を撮らせて頂いている。
富成さんは、背筋をぴしりと伸ばして、朗朗と地唄を吟ずる。三味線の演奏時など、手先と口元以外は、ほとんど動かない。
正座姿といい、見事な着物といい、お琴の音といい、ああいいな、日本だなと思う。
富成さんの演奏姿はいつみても、若々しく格好いい。
三曲(地唄三味線、箏、鼓弓)は、カンツォーネの国イタリア人や、サンバの国ブラジル人が聞いたら、腰を抜かすほど地味でおとなしく、禁欲的にさえ聞こえるだろう。
しかし、実は、抑揚を抑えた静のなかに、ときおり、熱いものが垣間見える曲も多いのだ。ダイレクトに感情を表現するのではなく、音間や声の微妙な調子で、それを醸し出させるのは、日本人ならではの表現法だろう。
この特有の奥ゆかしさは、芸能のみならず、文学、料理、造園、武芸にいたるまで、日本古来の文化に通じるものだ。
邦楽発表会で、ファインダーを覗いていて、気づいたことがある。
こと邦楽に限っていえば、上手い奏者は、おしなべて姿勢がよいのではないかということだ。素人の僕に、演奏の上手下手が、どの程度わかるのかということはさておき、やはり、ぴしりと背筋を伸ばしている人のほうが、綺麗な音を奏でるような気がしている。
世の中は広いから、お行儀が悪いなどという周囲の干渉をモノともせず、グールドばりに、お琴の弦に鼻先をこすりつけるように演奏するツワモノ的名手がいるかもしれない。それはそれで格好いいかもしれない。


0 件のコメント:
コメントを投稿