ラベル どうでもよいと思えない の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル どうでもよいと思えない の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2013年2月9日土曜日

そば屋で敗北。さらばトラビクルバンド

トラビクルバンド。先日無事卒業。
医療器具感丸出しのこの意匠は、なんとかならなかったのかと
見るたびに思う
昨年の11月、右鎖骨と左親指を同時に骨折した。
骨折当初は、右手は胸のあたりまでしかあがらず、左手の親指もぶっくり腫れていて、動かすことができなかった。

鎖骨というのは、骨のなかでもことさら折れやすく、そのくせ、いったん折れると、きれいに繋がりにくい、いささかやっかいな骨なんだそうだ。
折れる場所や折れ方によっては、手術しなければいけないのだが、私の場合は、比較的きれいにぽっきりいっていたので、主治医の判断で、トラビクルバンドでの固定ということになった。

このバンド、ひとことでいうと、ものすごくきつい「たすき掛け」。
装着し、ベルトで締め上げると、終始強制的に胸張り姿勢が保たれ、鎖骨が一直線になり、そのまま、数ヶ月おとなしくしていれば、はれて骨がつながるというわけだ。
鎖骨骨折に猫背はNG。ちなみにひとりでは、はずすことはできても、装着はできません。

閑話休題、鎖骨の語源説。
昔中国で、囚人の鎖骨に鎖を通してつないでおいたことからきたそう。考えるだけで痛そうだが、眉唾だと思う。

ともかく、このバンド、入浴時以外は、寝るときもずっと着用しなくてはならない。寝返りがうてないのが、これほどつらいものだということをはじめて知って驚いた。

幸運だったのは、バンド着用の季節が冬だったこと。肌着のうえにバンドを着用し、セーターなりジャケットなりを着込んでしまえば、外からは、無粋なたすき掛けをしていることに、全く気付かれることがない。
(なんて胸を張るひとなんだ、とは思われたかもしれない)
左親指の添え木は、靴ひもひとつ結べず不便で、捨ててしまっていたので、一見全くの健常者だ。
会う人も、事情を知らなければ、こちらが骨折していることなどわからない。実際は、右手は、胸のあたりまでしかあがらず、左手の親指も、うまく動かないのだが。


骨折してまもない頃、そば屋のカウンターに座って、かけそばを待っていた。
いざ、湯気をたてたそばがでてきて、さあ食べようかと割りばしを割ってから、はじめて気付いた。
まぁ、そばが食えない。
最初右手で挑戦してみたが、まず箸の先が口へと届かない。そばをつかんだ右手のほうへ、大きくお辞儀をするように頭のほうを近づけ、首をのばしてのばして、口先をのばすと、なんとか届く。届くのだが、この食べ方、獣がえさを食っているようで、かなりの怪しさだ。
私はすぐに、左手で食べる作戦に切り替えた。左手なら難なく口元までもっていけるから。

ところが、もともと右利きだし、親指は動かせないしで、はしをもつ左手が、尋常じゃなくぎこちない。なんだか、自分の手ではないような気がする。
まず、箸でそばをつかむまでが一苦労。
四苦八苦して、ようやく2、3本つかみ、震える手で口元までもっていけたかと思うと、とたんに、そばはつるんとすべり、ちゃぽんという音とともに、悲しく椀の中に戻ってしまう。
ここにいたり、どうして、よりによってそば屋にはいっちまったんだろう、せめてカレー屋だろうと思ったが、あとの祭りである。
唇を噛みしめ、もう一度試みるが、悲しい結果が繰り返されるばかり。

まるで、二人羽織をしているかのごとく、しばらく我を忘れてかけそばと孤軍奮闘していると、隣に座っていた若い女性が、慈愛にみちた表情で、しかし、意を決したように私にむかってひとこと

"May I Help You?"

だよね。
生まれて初めて箸使ってる外国人にみえるよね。

"Yes, Please"といったら、何をしてくれたんだろう?と考えながら、なんとかそばを食い切った私は、敗れた感じで店をあとにした。

あのとき声をかけてくれた方、あなたの気持ちが嬉しかった。有り難う。


2011年12月2日金曜日

懐かしき“明日に向かって撃て乗り”

手ぶらが好きなので、外出するときは、極力、ポケットだけですますようにしている。最近では、財布ももたず、お札と小銭をポケットにいれて歩いている。どうしても事足りなくなると、背負い型か肩掛け型のカバンを身につける。


所用があり、荷物が多かったこともあり、手持ちの背負い型のなかでも一番大きなものを、引っ張り出して自転車に乗っていたら、同行者に「ハハハ。甲虫みたい。ゼッタイに変だよ」といわれ、写真を撮られた。
自分では、至極まっとうなモノの運びかただと思っていたが、傍目には、ちょっと間抜けなスタイルにみえるのかもしれない。

むろん、世の中は広い。これしきのことで、変だの間抜けだのとガタガタいってはいけない。
上海の街角でみかけた、働くおじさんを見よ。


後ろ姿もど迫力!

ダイナミックにも程がある。
ひたすら感服である。
二回にわけて運ぼう、とか、軽トラを手配しようとか、常人の思いつく、小市民的解決策を、はなっから相手にしない迫力、潔さがここにある。

私は、不覚にも、二度見をしてしまい、あまつさえ写真まで撮ってしまったのだが、まわりの中国人の反応は、まったく薄かった。
心の中で、「日常かよ!」とツッコミをいれてしまった。


ベトナムでは、3メートルはあろうかという、鉄パイプを片手にもちながら、涼しい顔でスクーターに乗る、丹下段平似のおじさんをみかけたことがある。日本なら逮捕されるのではないだろうか?
このときは、「棒高跳びかよ!」とツッコミをいれておいた。


インドネシアの朗らかファミリーです。

ママ以外全部のせ! 原チャリ5人乗り。 もちろん、全員ノーヘル。
自己責任ここに極まれり!

自転車の二人乗りでも、目くじらたてて叱られる日本からすると、信じられないかもしれないが、東南アジアでは、3人4人乗りくらいは当たり前にみかける。
私がみかけた最高記録は、6人だ。一番後ろに座る、お母さんの背中では、首の据わらない赤ちゃんが、スヤスヤと眠っていた。


小学生の頃、自転車の二人乗りで、よくお巡りさんに止められた。
「危ないから二人乗りはやめなさい!」
正直いうと、その頃(いい大人になった今でも)、いったい自転車の二人乗りの、何がそんなに危ないのかが分からなかったので、いくら注意されても、心のなかで舌をだしていた。
私にとって、後輪の上にあるのは、荷台ではなく、タンデムシートだった。

だから、「明日に向かって撃て」のポール・ニューマンが、キャサリン・ロスをハンドルの上に座らせて、二人乗りをするシーンをTVで観た小学生の私は、世の中には、こんな斬新な乗り方もあるのかと、ひとしきり興奮した。
さっそく次の日、級友と真似してみたが、あれは、乗る方も乗せる方も、想像以上に難しかった。

いまやってみたらどうだろうか? やってみたくなった。
つきあってくれる人はいないだろうか?

2011年11月15日火曜日

ロボコップ VS サンタクロース

日曜の夕方、小学校4年になる次男から電話あり。
自転車が無くなったとのこと。
児童公園に自転車をとめて、友達数人と遊んでいて、しばらくして戻ってみると、自分の自転車だけ無くなっていたという。

子供用の自転車だし、何年も乗っていて、相当なポンコツだから、動産としての価値はないに等しい。誰かがいたずら半分に乗っていったのだろうと見当をつけて、子供が待つ公園へとむかった。

すっかり暗くなった界隈を、友達も一緒に探してくれたみたいだが、結局みつからなかったようで、しょげかえる息子を連れて、近くの交番へ。

対応してくれたのは、若いお巡りさん。
なんとなく表情のみえない、冷たい感じのする彼が、にこりともせずに言う。

「どうします? 被害届け出します?」
「お願いします。」
「届けはどちらが、出します? お父さん?それとも息子さん? 拇印をもらわなければならないので」
「はあ、それでは、私が」
「防犯登録してますか?」

お巡りさんがそう問いかけたとき、ふいに息子が「防犯登録って何?」と耳打ちしてきた。簡単に説明すると、息子は、
「ふーん。サンタさんそんなことするかな? サンタさんって、日本語わからないんじゃないかな」と呟いた。
私は、思わず息子の顔を二度見した。
まさか、小4になる息子が、サンタクロースの存在を信じているとは…。
そういえば、一時期、私は、“どこまでもリアルなサンタクロースのプレゼントの置き方”を、家人に白い眼でみられるほど追求していたことがあったのだ。きっとそのせいに違いない。

「防犯登録はしているのですか?」という、再度の問いかけに我に返り、「はい」と答えると、すかさず息子が、「あれ、ひょっとしてパパが買ったの?」と耳打ちしてきた。

「ああ、そうだよ。パパが買ったんだ。サンタはいない」
そういってもよかったのだが、それが、いま、この交番のなかで、ロボコップのように無愛想なお巡りさんの目の前で、灰色のパイプ椅子に座りながらでなくてもいいのかなと、ぼんやり考えていた。

しかし、あくまで事務的な態度をくずさない、冷徹マシーン、ロボコップは、逡巡している間を与えてはくれなかった。彼が放った一言が、私をさらなる窮地へと追い込む。

「被害額はいくらですか?」
「被害額…?」
「購入されたものですよね。幾らくらいになるか、教えて下さい。記入しますから」
「…」

万事察しのよい息子が、またもはっとして、私の顔をみあげた。
口元を射す息子の視線。
「だいたいで、かまいませんから」
しびれを切らすロボコップ。

結局、私は思いっきりの真顔でこういうしかなかった。
「一万円くらいでしょうか? よくわからないな。何しろサンタクロースにもらったものなんで…」

そういい切ると、ロボコップが、はじめて書類から眼をあげた。そして表情を和らげて微笑んだ。
「ああ、そうでしたか。そうでしょうね」
そういって、もう一度書類に向かった彼は、「もらい物なので、はっきりわからないけど」と呟きながら、『一万円くらい』と記入していた。

すっかり暗くなった家路を辿るなか、息子は少しほっとした様子だった。
少なくとも、家に帰ったとたん、小6になる長男が放った「ばっかじゃないの。サンタがキディランドの包み紙でプレゼント配るか?」という衝撃の一言を聞くまでは…

その夜、息子の級友から、神社の前で、自転車を見つけたという電話がはいった。

2011年10月24日月曜日

代々木公園顔ってことですか?

こちらが代々木公園

しばらく前の残暑日のこと。
北参道から明治神宮にはいり、大鳥居の手前を西に折れて、うっそうとした杜へ入ろうとしたら、詰め所から初老の警備員さんが小走りに出て来て、「ちょっと。ちょっと。ここは、代々木公園じゃありませんよ」と、咎めるような調子で声をかけてきた。
見回してみても、近くには僕しかいない。自分に投げかけられた一言なのである。

え、なんで?

別に、ここ代々木公園ですよね?と尋ねたわけじゃない。
確かに、代々木公園と明治神宮は隣接している。なかには間違える人もいるだろう。しかし、こちらは、ここが明治神宮だということを認識し、北池の前に広がる、あの素晴らしい草原の木陰のひとつで、読書を楽しもうという確固たる意志をもって、やってきたわけで。
にもかかわらず、眼前に立つ警備員さんは、僕の姿を認めたとたん、「ぬぬ、あやつ、代々木公園と勘違いしている」と、即断、ダッシュをかけたのだ。
その根拠やいかに!

静かに瞼を閉じ、「こちらが、明治天皇の御霊をお祀りした鎮守の杜であることは、重々承知しております」と胸の前で合掌してもよかったが、40半ばにして人見知りの僕は、ごく普通の調子で「そうですよね。ここ明治神宮ですよね」とだけ、答えるにとどめた。
こちらの返答は、先方にも予想外だったのだろう、件の警備員さんは、一瞬えっという顔になったあと、「あ、そうですか。最近、代々木公園と間違える方が多いもので」という台詞と、曖昧な苦笑いを残して、詰め所に帰っていった。
全然腑に落ちない僕を残して。
こちらが、判断の根拠を尋ねる隙を与える間もなく…。

そうか、そうだよな。この服装だものな。いかにも、代々木公園にいそうだものな。なんならフリスビー投げそうだものな。股の下から。
そう納得しようとした、Tシャツ、短パン姿の私のすぐ横を、同じくTシャツ短パン姿の若者が、ヘッドフォンをシャカシャカいわせながら、玉砂利を踏み踏み通り過ぎていく…。
見回すと、付近は、Tシャツ短パンだらけである。
なかには、不安そうに、案内板とガイドブックを交互にみている、外国人バックパッカーの姿さえも。
なぜ、彼らはスルーで、僕アウト?

ひょっとして、代々木公園っぽい顔とか、あるのだろうか?

こちらは明治神宮 北池前の草原。春秋、静かに過ごすのにおすすめ